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あやいろの5年間──その不変と変化
画家・あやいろ(Ayaïro)にとって、そのアーティストとしての本格的なキャリアを歩み始めた2020年から今日までの5年間は、このうえなく濃密で巧緻な手ざわりをもつ年月であった。その時間の流れには、あやいろの画業に通底する揺るぎない関心と彼女の作品を特徴づける──ときに作家により意識的に試みられ、ときに作家もあずかり知らない無意識のうちに発生し、ときに意識と無意識の相互作用が生成するような──繊細な、あるいは大胆な展開の両方が見られる。
この5年間、その内に不変(あるいは、「普遍」とも言えるかもしれない)と変化を同時にはらみつつ、あやいろは自身の芸術活動を発達させてきた。この短いテキストは、その不変と変化の内実を整理することで、彼女のアートを客観的な目線から俯瞰することをめざす。その5年間をつらぬく「不変」は、わたしたちの深層を心地よく刺激する、その絵画の原風景を構成する記憶への興味だ。東京のなかでも都心から離れた場所で育った彼女は、今では目にすることが少なくなった、自然に囲まれたのどかな生活を幼少期に経験した。
そうした経験に立脚した記憶が織りなす、きわめてノスタルジックな感覚は、あやいろの絵画に広く浸透している。幼い頃に自身の心を打った、その感覚は鮮烈で断片的であるがゆえ、あえて彼女はシンプルで大胆な構成を採用する。また、そうした構成を引き立たせるのは、ヴィヴィットな原色を基調にした色彩だ。あやいろの芸術実践の原点にある、わたしたちの記憶を喚起するトリガーとしてのノスタルジーは、自らが生まれ育った土地以外の風景を描くようになっても変わらずに彼女の中心に位置する。
だが、対照的に、あやいろの画業は5年の間でコンスタントに変化も続けている。そうした変化は、むしろ、上述した不変とのコントラストにおいて際立った意義を示す。作品の制作を始めてから数年後、故郷ではない里山を訪れてリサーチを重ねることで、あやいろは実体験に基づかない「他者の」風景を絵画に描くようになった。ここで彼女は、より根源的な記憶、いわゆる「集合的記憶」に接近している。その作品で中心を構成する色彩は、かつての強烈な自己の記憶を表象するヴィヴィットな原色から、より曖昧さを内包した想像の力を喚起する柔らかな淡色へと移行した。
あやいろ自身が「大人の追憶」と呼ぶ、いわば想像力を介して他者の記憶とつながった集合的記憶は、その絵画の原風景である自らの幼少期の思い出──作家は、さきの「大人の追憶」と対比して、それを「子供の記憶」と名づける──と最近の作品では融合しつつある。その方法として、今年2025年、あやいろは「水」をモチーフにした絵画を制作している。流体である水は不定形であるがゆえ、きわめて曖昧な「追憶」を見事に表現しうると同時に、作家の個人的な「記憶」とも強い結びつきを有するからだ。ドラスティックな不変と変化を一緒に含みもちながら、あやいろが展開する絵画において、その融合の先に何が生まれてくるのか──これからの予測不可能な展開が楽しみである。
文化研究者・山本浩貴
2025.06